いつもキレイな心でいたいから。。☆″
心のレシピ/Lesson63「不自由な心の不幸」
心は本来、自由なもの。
心のレシピ/Lesson63「不自由な心の不幸」
心は本来、自由なもの。
なのにどうして私たち人は、日常的な不自由さを感じたり「自由」へ憧れ、「自由になりたい」と想い願うのだろうーーー。
塾生:
塾生:
年度末で仕事も立て込み、家でも家族の世話やら何やかや、やることだらけ。
自由意思とは云うものの、何だか・・自由が利かない気がしています(^^;
センセ:
自由意思とは云うものの、何だか・・自由が利かない気がしています(^^;
センセ:
そのようですね(^^;
もう少し、身体が自由になる時間が欲しい?
塾生:
塾生:
そう・・ですね。
好きな事をしていると時間が経つのはあっという間。
で・・あ(!)
家事も仕事も時間に追われてやはり「あっという間」だった(^^;ゞ
センセ:
センセ:
そのようですね(^^)
仕事も、家事も「やる事」が充実していればこその「あっという間」の時間感覚(捉え方)に。
そして、いづれの「やる事」も「もっと要領よく」と強欲的、
家事に関して云うなれば、苦手(無精)意識から「やらねばならない」と
無理して煽っている感じを受けますが・・(^^;
塾生:
塾生:
そうかもしれません。
努力でなんとかカバーしようと躍起になってしまって。
これってきっと・・
これってきっと・・
過去世のトラウマ(とらわれ)なのでしょうネ(^^;
時間と空間に存在する私たち人は、時間ありきに生きている。
当然、時間そのものには制約や拘束があるわけではないが「“想い”ありき」ゆえに、想念によって自ずと制約も拘束も成されてくる。
時間のみならず、居場所(空間)や身体、職業や発言(言論)等々、衣食住に関わる「自由でない」「自由がない」といった日常的不満は、不自由な心の状態の現れ。
本来、真の心は自由である。
時間のみならず、居場所(空間)や身体、職業や発言(言論)等々、衣食住に関わる「自由でない」「自由がない」といった日常的不満は、不自由な心の状態の現れ。
本来、真の心は自由である。
にも関わらず、日常、感ずる「自由の利かない」不自由さは本人の過去世の生き様より培われた、不自由な物事の捉え方(考え方)に発祥する。
自由な心は幸福を感ずる心。
自由な心は幸福を感ずる心。
不自由な心は不幸を生みやすい状態ゆえに
幸福を感じられる本来の「自由」を求めているのです。。☆。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;